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ニュース (4月27日)

人々に忘れられることのない従軍記者

死後70年を迎えたアーニー・パイル記念碑の前に日米の代表者から捧げられた花輪
死後70年を迎えたアーニー・パイル記念碑の前に日米の代表者から捧げられた花輪
【沖縄県伊江島】どんよりとした雲から時折落ちる雨がコンクリートに模様を描く中、沖縄の住民やアメリカ人が続々と集まってきました。

人々は沖縄戦で殉職した有名なアメリカの従軍記者アーニー・パイルに敬意を表して4月19日、彼の記念碑の前に集まりました。

雲の切れ間から太陽が顔をのぞかせ、パイルが戦死した場所に立つ記念碑の傍には星条旗と日章旗が掲げられ、米国在郷軍人会の代表による開会のあいさつで慰霊祭は始まりました。

代表は開会のあいさつで、「私たちは軍人ではなく民間人であったパイルに敬意を表すためにここに集まりました。パイルは太平洋戦線に到着後まもなく、沖縄に上陸したアメリカ陸軍に従軍し、ジープや戦車を乗り継ぎ、泥の中を這いずり回り、頭上を弾丸が飛び交う前線で記事を書きました」と述べました。

パイルは1900年にインディアナ州で生まれ、23歳の時にワシントンデイリーニュースの記者になり、4年後には第二次大戦中のヨーロッパや太平洋戦線で従軍記者としてペンを執りました。

パイルはシンプルで正直な文体で第二次大戦中のアメリカ軍の戦線での状況を描写し、戦場で戦う兵士たちのありのままの姿を祖国に伝えました。

彼の記事は400社以上の新聞と300社以上の週間新聞で活字にされ印刷されました。

式典に出席したキャンプ・フォスター司令官のトーマス・ペシナ大佐は、「パイルは軍隊とともに行動し、日常使う簡単な言葉で記事を書いたので、読んだ人は誰でも安易に戦地の状況を理解することができました。彼は戦地での人々の心の動きを肌で感じて知っていて、彼のように絶大な愛情を注いだジャーナリストは皆無で、彼は戦地にいる兵士たちが語るように記事を伝えました」と述べました。

パイルは突然の死を迎えるまで不眠不休で働き、4月18日に彼の乗っていたジープが地雷を踏み横転し、ジープの後ろに身を潜めている時に射撃兵の弾丸によって倒れました。

パイルは戦場にいる兵士たちと祖国にいる兵士たちの恋人を結びつける主なリンクで、彼の物語は世界中の読者の興味を引き、GIのベストフレンドとして知れ渡っています。

式典では日米の代表者が記念碑に花輪を捧げました。

嘉手納基地から参加した一人は、「ここに来ることができてとても光栄です。パイルは自ら進んでアメリカ兵と同じ生活環境の塹壕に住み、人々に兵士たちの本当の声を伝えるのが彼の重要な役目でした。彼らの身代わりになって命を失うことにも怠らず、人々の声を書き留めることに努め、そしてそれが歴史を作っていくのです」と締めくくりました。

その他のリンク
気象庁による台風最新情報 台風最新情報
米軍が使用する台風コンディションコード TCCOR
在日米海兵隊によるトモダチ作戦 トモダチ作戦
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