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ニュース (6月23日)

島の人たちに慕われた海兵隊員

浜比嘉島にある慰霊碑の前で6月23日の慰霊の日に、敬意を表す島民と米海兵隊員
浜比嘉島にある慰霊碑の前で6月23日の慰霊の日に、敬意を表す島民と米海兵隊員
【沖縄県うるま市浜比嘉島】沖縄地方では梅雨が明け、戦後72回目を数える暑い夏がまた今年もやって来ます。

沖縄県では沖縄戦が終結した6月23日を、沖縄戦での戦没者の霊を慰めて平和を祈る日として「慰霊の日」と制定しています。

糸満市の平和祈念公園では、県主催の「沖縄全戦没者追悼式」が行われ、安倍晋三首相らが出席する中、正午には遺族ら約4900人によって黙祷(もくとう)が捧げられました。

時を同じく、うるま市浜比嘉島にある慰霊碑の前では、十数名の島民と数名の海兵隊員が静かに黙祷を捧げています。

平和祈念公園にある平和の礎(いしじ)には沖縄戦で亡くなった戦没者24万人以上の名前が刻まれていますが、ここ浜比嘉島の慰霊碑には沖縄の地上戦で亡くなった島民55名の名前が刻まれています。

そしてその慰霊碑の傍らににはブロンズでできた記念碑が建てられており、カーミット・シェリー米海兵隊大佐と名前が刻まれています。

この記念碑は、1968年に沖縄で亡くなったシェリー大佐を偲んで、1972年に島の人たちがお金を出し合い島の慰霊碑の隣に建てたものです。

戦後まもなく浜比嘉島と海兵隊のつながりは始まりました。

戦争の爪跡が深く残り、荒廃とした島に海兵隊員たちは土曜日になると、食料や機材を持って渡ってきて、民家を立てたり修理したりし、日曜日の夕方になると基地へ帰っていきました。

浜比嘉島にあるシェリー大佐記念碑の前で祈りを捧げるキャンプ・コートニー新司令官
浜比嘉島にあるシェリー大佐記念碑の前で祈りを捧げるキャンプ・コートニー新司令官
ドラム缶で風呂を沸かし島民の衛生管理に貢献し、発電機を設置して島民の暮らしに電気を導入し、電話線を持って沖縄本島に泳いで渡り、電話をつなげたこともありました。

今でこそ1997年に完成した「浜比嘉大橋」が架かり、沖縄本島から島への往来に不自由はありませんが、当時は船で30分ほどの時間をかけて渡っていました。

シェリー大佐は当時、海兵隊の物流をコントロールするロジスティックス部隊の司令官で、部下を引き連れ島の復興に尽力し、教会、小中学校、公民館や貯水池の建設を支援し、この貯水池は現在も島の農業用灌漑用水として活用されています。

島民たちはシェリー大佐が亡くなった後、大佐への感謝の気持ちを表すため、記念碑を建立し、毎年6月23日に島民の慰霊祭とともに大佐への慰霊も行ってきました。

今日の浜比嘉島での慰霊祭に、先週沖縄に転任してきたばかりのキャンプ・コートニー新司令官、ボイス大佐も出席し、「沖縄の人たちがこんなに長い間、アメリカ軍人であるシェリー大佐のことを偲んでくれているとは、島民の暖かさを肌で感じた。すばらしい関係だ」と話してくれました。

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