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ニュース (8月3日)

沖縄で農業に根を張る元海兵隊員

出荷するマンゴーを仕分けするミランダさんの傍らで遊ぶ娘のティアナちゃん
出荷するマンゴーを仕分けするミランダさんの傍らで遊ぶ娘のティアナちゃん
【沖縄県】朝日がグリーンハウスをのぞき始める頃、ハウスの中では敷き詰められたわらを踏みしめる音が響きます。

男が海兵隊の行進曲を口ずさみながら、赤い台車を引き、沖縄の暑さの中、マンゴーの木々の中を出荷できるマンゴーがあるのかを見て回ります。

マイク・ミランダさんは最初から農業に人生をかけている訳ではありませんでした。

ミランダさんは生まれ育った街でのトラブルから逃れるため、2000年12月4日、海兵隊に入隊しましたが、その頃の彼には自分自身に園芸の才があるとは知る由もありませんでした。

ミランダさんはフロリダ州オーランドの高校を1999年に卒業しましたが、進学のために提供された奨学金を断りました。

「今思えば、生意気な10代でした。2年程だらだらと過ごし、不良たちとつるんで、よくトラブルに巻き込まれていました」と彼は振り返ります。

彼の人生は海兵隊に入隊したことで180度転換し、入隊していなければ、今日の自分はなかったと話します。

ミランダさんは「2001年5月、最初の任務地がここ沖縄で、2ヵ月後に妻に出会いました。私は一目ぼれするタイプではないのですが、シノを見かけた瞬間、彼女に恋してしまいまいた」と当時を振り返り、懐かしそうに話してくれました。

沖縄の美しい自然を満喫したミランダさんは、海兵隊の任期を2度延長しましたが、2度目に延長した際に、シノさんと結婚しました。

二人が結婚してわずか7ヵ月後にはサウスカロライナ州のビューフォート基地に転任し、その1年後にはイラクへと派遣されました。

「イラクの自由作戦では、酸いも甘いも体験しました。大切な友を失う経験もしましたが、私たちは何とか生き延びました」

帰還後、彼は再度イラクへ派遣されることとなったのですが、今回は、二人の間に予想外のことが起きました。

実ったマンゴー一つ一つ丁寧に袋をかぶせ大事に育てるミランダさん
実ったマンゴー一つ一つ丁寧に袋をかぶせ大事に育てるミランダさん
ミランダさんは「実は、イラクへと旅立つ3週間前に、妻から妊娠していることを告げられました。そしてイラクへ出向き、妻が妊娠している間、私はずっとイラクにいましたが、娘が生まれるということが、”絶対に生きて家に帰るぞ”というモチベーションにつながりました。そして今でも娘は私を喜ばせてくれる大切な存在です」と表情がほころびます。

彼は帰還して程なく、カリフォルニア州のサンディエゴにある海兵隊新兵訓練所の訓練教官に転職しました。

ミランダさんは海兵隊員として最後の赴任地となった新兵訓練所について「最も実りある体験でした。若い隊員たちを指導した体験は、私の一生の宝です」と話しています。

ミランダさんは海兵隊員として14年間仕えた後、何か真新しいことに挑みたいと考え始めました。

彼はまったく異なるやり方で世の中に貢献したいと思いながらも「いったい何ができるんだろう?」と自問していました。

そんな折、奥さんの実家のある沖縄を訪れ、買い物のためスーパーの店内を歩いていると、箱入りマンゴー2個が2千円もするのを目にして驚きました。

ミランダさんは「彼女はマンゴーを買ってくれたのですが、非常においしかったのを覚えています」と振り返ります。

奥さんの実家での家族との夕食の後、義理の父の上原健さんから、自身のマンゴー園のとなりでマンゴー栽培を始めてみないかと持ち掛けられました。

ミランダさんはいつかは自分のビジネスをしてみたいと常に考えていたので、渡りに船とばかりに、農業に関わることが、最良の独立のチャンスだと考えました。

義父からの声かけを機会に、ミランダさんは妻と娘とともに沖縄に移住することを決め、人生の新たな第一歩を踏み出しました。

マンゴー農家を始めるにあたって、義父や義弟の助けを借りて、義父の土地に8棟ものビニールハウスを建てました。

摘み取ったばかりのマンゴーを仕分け作業のために軽トラに積み込むミランダさん
摘み取ったばかりのマンゴーを仕分け作業のために軽トラに積み込むミランダさん
今では地元で「マンゴー・マイク」として知られているミランダさんは「義父には感謝しなければなりません。始めたばかりの頃は、非常にキツく、数え切れないほどの作業が求められました。でも多くのことは義父が教えてくれました。義父は私を快く迎え入れてくれたんです」と感謝の気持ちを込めて説明してくれました。

義父はミランダさんがマンゴーの生産を引き継いでくれたことに感謝を示し、「今では彼を信頼していますし、多くの作業を任せています。農場をうまく運営する能力もあります」と笑顔で話してくれます。

ミランダさんは義父から譲り受けた半分のマンゴ園500坪と、パパイヤも1000坪の土地で生産しています。

海兵隊の任務を通じて、ミランダさんは様々な事を学びましたが、最も顕著なものは物事への適応力と克服力です。

ミランダさんは「血と汗と涙がこの地にしみこんでいます。この仕事は、時折、非常に困難なこともあり、多くの手間がかかります。でも、元海兵隊員として自分自身の仕事を持っていることを非常に誇りに思います」と自信に満ち溢れた顔で話します。

マンゴの木はミランダさんの世話を必要とし、ミランダさんもまた生活をしていくためにマンゴの木を必要としています。

時計の針が夜の10時を指す頃、その日一日の作業を終え、ビニールハウスのドアを閉めるマンゴー・マイクの横顔を月明かりが照らします。

額の上の汗をぬぐい、トラックに乗り込みます。

17年前に海兵隊に入隊してからのこれまで歩んできた道のりを静かに振り返ります。

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